iPhone待ち行列@表参道(少し臭い匂いつき)
今朝通勤途中で目撃。
この時期だけにちょっとさすがに汗臭いすえた匂いでムリなカンジだった。
前に行ったコミケっぽいかおりがしていて、この匂いに包まれるのは不可能だと悟ったです。
写真はこちらに数枚あるよ。
今朝通勤途中で目撃。
この時期だけにちょっとさすがに汗臭いすえた匂いでムリなカンジだった。
前に行ったコミケっぽいかおりがしていて、この匂いに包まれるのは不可能だと悟ったです。
写真はこちらに数枚あるよ。
※あくまでも現段階ではiPhone 3Gはソフトバンクから7月11日に発売される、ということしか正式にはアナウンスされていません。このエントリはあくまでnaotake個人の憶測ですので悪しからず。
以前も「iPhoneはDocomoから出ます。」という同じネタでエントリしたのですが、しつこく2回目です。
前回は、iモードメールの利用範囲が純然たるケータイ以外にも対応する道が開かれたことそのものを取り沙汰してたワケですが、
かねてから言われている通り、iPhoneが3G対応になったとしても、 個々のアプリケーションをDocomo向けにカスタマイズする事はあり得ない。ならば、Docomo側がiモードサービスをiPhoneに合わせてくるはずだろうと思っていたが、
この対応は正にその初動なのではないだろうか。
と書いてたネタの続編なワケです。
今回発見した兆候は2つ!!
一つ目は
連日higuchi.comからの我田引水になってしまってますが、
セマンティックな本のナビゲーター [グラデーションブックス (gradationbooks)]というエントリを見て私も登録してみましたです。
以前から本屋に行った時にしか得られない「周辺視による発見」という思わぬ発見と出会いの効果をネットに持ち込むようなサービスに一定の興味があったワケですが、本棚.orgがいつからかアクセス激重になったのを契機に「そういうの」を触らなくなっていたので丁度いいや…と思いまして。
ブラウザ上で、新刊や最近話題の本の表紙を眺めながら面白そうな本を拾い出すUIは、本屋さんに平積みされている本を眺める感覚。それぞれの本の脇には新聞、雑誌、テレビなどの書評や、その本に言及しているブログへのリンクがあって、本屋さんの棚に貼ってある店員さんのお薦めコメントカードと同じ役割。 気の利いた店員がいる本屋さんの棚は、関連がありそうな本がちゃんと近くにまとまるように“意味的に”整理されているものだけど、このサービスでも“意味的に”関連がありそうな本がなんとなく近くに表示されるように工夫されています。 この“本の間の関連性をいろんな角度から解析して、近そうなテーマの本を次々と表示してくれる”、いわば“セマンティックな本のナビゲーター”の機能を提供している自社開発のエンジン《gradationbooks エンジン》(そのまんまのネーミングはご愛敬)がこのサービスのキモで、これによって「面白い」と思える本が芋づる式に探し出せます。
確かに、アクセスしてみると本屋さんの平積みコーナーを物色しながらうろつくカンジです。
動画を拾ってちょこっとメッセージを添えられるモノを発見。
さっそく使ってみた。
試すならここから。
AppleはWidgetをMacOSにとても上手く取り込んだと思う。
Vistaのソレも「パクリ」と言われるありさま。
後年WindowsがMacに似すぎていると文句を言った
スティーブ・ジョブズ(以後S.ジョブズ)に対し、
Microsoft社のビル・ゲイツが
「ゼロックスの家に押し入ってテレビを盗んだのが僕より先だったからといって、
それで僕らが後から行ってステレオを盗んだらいけないってことにはならないだろう」
と言い放ったという話がある。 出典
なんだか聞いた事のある話だな。
心の中で小さな違和感が声を上げたのでエントリ。
このキャプチャはkonfabulator(コンファビュレータ)という
とてもカッコイイwidgetを提供していたオリジナルの人たち。
OS Xを利用する喜び、格好良さをひきたてる最高のサービスを提供していた。
そのスタイルはすごくwebな人たちにインパクトを与えたし、
Appleが彼らを買収するんじゃないか?みたいな噂も流れていたように思う。
しかし、大方の予想を裏切って、いや、
良くも悪くもAppleを昔から知っている大方の予想通り、
あたかも自分が発明したかのような体でAppleは「Dashboard」を発表した。
ブチ切れた中の人たちはこのキャプチャのように、
「さあパクれよ?クパチーノ!(Appleの所在地)」
とからかって見せたわけだ。
皮肉にもこの文句はAppleが彼らのイベントでOS Xの先進性を
「さあパクれよ?レドモンド!(Microsoftの所在地)」
とからかった事じたいのパクリだ。
今でも歴史の証人として、webarchiveで当時の様子が見れる。
結局彼らはyahoo!が手に入れ、
往時のURLにアクセスするとyahoo!の該当ページにリダイレクトされる。
(当然のようでいて、とても幸せを感じるのはこういう瞬間。)
しかし、ここでもう一度考えてみると、結局はそういういきさつも含め、
何も知らないユーザーが意識せず使えるように、
周到に準備してあげることが、利用者にとって一番幸せなのだということに気付く。
ポータブルmp3がゴロゴロしてた時代、
シリコンプレーヤも当然ありふれてた頃にiPodっていうわかりやすさを提供したこと。
何年も前からiTunesをFreeで配って、
熱心に音楽プレーヤーとして普及させてた事も忘れちゃいけない。
デザインや編集や音楽に疲れた時、
CDをゴソゴソ探さなくても音楽が聞けるプレーヤーは魅力的だった。
ビジュアルエフェクトをフルスクリーン表示させて、
静かにアンビエントをかけておくと
「Macで良かったなぁ」と心の奥からしあわせに思えた。
Parallelsが買収されるという噂が出た時、「それはないな」と思ってたことの答えは
MacBook Airに触れた時に確信になった。
あまたの「好評、不評」の軸とは全然違う、「体験」だった。
スピンドルのうなりを聞く事のない静けさの中で、
本当に必要なソフトウェア以外は一切入れないで使う。
本当に必要な行為だけをするために使う。
MacBook Airのために、Parallelsとも、もちろんWindowsともさよならした友人は、
当然のようにスピンドルレスを選んでいた。
こういう文化を共有する人たちのためにAppleスタイルはあるのだろう。
Appleスタイルを作っているのは、
こうしたユーザーそのものであって、Appleだけでは成立しない。
屋台骨を創ったApple IIの時代から普遍なのだろう。
ちょっと良いな、をスノッブにしないでキチンと格好良く、幸せに、誰にでもわかるように。
一言で言えるからと言って簡単に実行出来るものではないですなぁ。
これで枕を高くして眠れる?
こんなものいらない?
今暫定的に音の出るブログパーツがポップアップしております。
これは先日の未映子さんいいよねエントリに貼付けてあるのでしばらくしたら流れてしまうと思います。
どうでしょう?こういう唐突で乱暴な表現は。
コラボとかコミュニケーションを絵で。
昔「連歌」のもじりの「連画」とかいうのにうっすら関わった事を思い出した。
言葉の通じない相手と絵で話す、という試みだった気がする。
何で遊べるかなぁ。
iPod touchのJanuary Software Upgrade(注意:iTunesで開きます)をおもてなし確認のために購入しようと思ったら出て来たのがこの画像。
こいつは同意できかねる内容だw
さっそくこちらにも同じ話題が。
iPod touch のソフトウェアアップグレード紹介ページから「Buy Now」することで、iTunes が iTunes Store にアクセスして購入できるようになっていた(今は普通に AppleStore の iPod touch のページから購入できる)。面白かったのが、購入前に表示される使用許諾契約のページ。まだ準備が整っていなかったのか、文面が「place holder」のみ。ちょっと笑ってしまった。
もうさすがに準備出来ていていいのではないかと思った。
これでも買ってしまう人がいる、それがAppleのおもてなしの神髄なのかも知れないが。
competitorは誰か、どのような相手か、を想定する前に、
そもそもそんな相手がいるのかどうか考えなよ。
companyが求めている何かが、
その中の人の求めている何かと一致しているのか、
真面目に考えなよ。
customersはどんな人なのか、
決めちゃったところでその通りに人がcustomersになるのか、
真剣に考えなよ。
ダメだしするんなら、どうすればその「ダメ」を良く出来るのか、
一緒に考えて、一緒に何とかしようと奮闘してくれる仲間に恵まれてるのは、しあわせ。
「おもてなし」が現代用語の基礎知識に!でも取り上げていただいた通りですが、現代用語の基礎知識2008
に収録されたようです。
昔からあって、いつまでも変わらないものですが、この追求なくしてものづくりはないのではないかと改めて考えさせられました。
facebookだと俺はこのへんにいます。
で、なんかOpenSocialだそうで。
色々詳しい人が知見を散々書込んでると思うので、ソーシャルグラフがなんだとかいう事はひとまず置いておいて、最近色々考えた事をまとめておこうかと。
独り言なんで意味わからないかも知れませんが、weblogの私なりの使い方にてご容赦のほど。
気分じゃないときは関わりたくないソーシャル
粋と無粋のあいだに何があるのかなんて語りたくもないわけですが、正直そんな気分じゃないよってタイミングで割り込まれる事が好きじゃない気分ってあるわけで。
踊りたい気分の時は踊りたいところに居るし、飲みたい時は飲みたい場所に居るのが普通だっていうのに、こういうソーシャルなんとかが日常に土足で上がり込んできそうな嫌悪感ってないですか?
mixiだってすごく流行ってるけど、押し付けられると面倒なもんですよね。
なんというかもっとほどよくゆるーくつながれないかな、というか。
Facebookにしろ、MySpaceにしろ、それなりの成果を上げている人たちの話を聞くと、ちゃんとしたコミュニティを成立させるために色々と苦労・工夫をしているし、そこで大切なのは「すごいテクノロジー」なんかではなく、「ユーザーからのさまざまなフィードバックを受けて誠実に対応する態度」であったりするから何とも面白い。
話を広げすぎてない?と思うくらい壮大なサービスを考えてるなら、
その事はどんどん自慢しちゃっていいと思うよ!
でも実現したい事が「なにすげーこと」とか「なにかおもしろいこと」を
「やる」だったらそれはお客さんだ。
俺たちに必要なのは、具体的にどんな人を喜ばせたいか、っていう
アホみたいに小さな目標と、それに向かってどれくらい真剣になれるか、っていう態度と、
明文化できることだけを信じないで、目に見えない「それ」を掴んで形にしてくことだ。
もちろん明文化をさぼっちゃだめだ。
なんとなく理解している概念上の事柄を、なんとなく脳内にとどめててもだめだ。
出力して、眺めて、他人の批判を浴びて、それに向かって努力しないと。
俺たちは旅芸人だ。
行った先で必ず歓迎される保証なんてどこにもない。
でも、お客さんを喜ばせたい思いだけで、笑顔をみたいっていうわけのわかんない物だけで、
どこまでだって行ける。
行間を読む力、言葉にならない言葉を、形にする力と、強さ。
きっとデジタルで表現された物の中に入り込む「味わいの領域」をどうやって形にするか、
お客さんの欲しがっているものに対して真摯に対応する力。
そしてそれを最大の目的であるという理解と信念が一番大事。
誰かにとっての大切な何かを、そっと支えられるように。
Show must go on.
何でもやります、何でもつくりますっていうのは結構ヤバい。
本来、自分がやれる事とやりたい事が完全に一致している希有な人をのぞけば
誰もが「やりたい事」に手が届かないなりの努力や苦悩をしているはずだ。
だけど、その苦悩は本当に必要なものなのだろうか?
「やりたい事」以上に、「実現したい事」の方を明確にさせる事が重要なのではないだろうか?
自分に求められている事と、自分が与えたいと思っている事も
一致してるなんて幸せなことはそうそうないだろう。
だったら、求められていることの中にある、誰かが自分を通して実現したがっている事と
自分が誰かを通して実現したがっている事の本質を見抜く努力はいつも必要なんだ。
そういう意味で、あなたが全力疾走出来るからといって
全力で走る場面じゃないところで走ってもいけないわけだし、
走るべきときに歩いてても駄目なんだと思うけど、
これもまた都合良くタイミングが一致するわけもない。
でも一番大事なのは、これらの「ズレ」を見つめて、それぞれの努力で修正していくことなんじゃないかな。
自分が見抜く本質が、何を意味しているのかは、
誰もが自分の中にしか持ち得ない感覚なんだと思う。
それが正解なのかどうかなんて行動した結果でしか得られない。
つまり、本当の答えなんて自分は持ってないことに気付く事が一番大事なんだ。
世界は完璧で自分は何でも出来る!なんて幻想なんだな、って事に気付かないと。
それはきっと傲慢さなんかじゃなくて、必死すぎて気付かない状態なんだなって事に気付くと、
息継ぎなしで泳いでる事に気付いた時に、はじめてした息継ぎみたいに効果があるんじゃないかな。
そろそろ息を止めるのをやめないと!
誰でも知ってるのかもしれないけど今日偶然発見。
CEATECいってきた。

行く前から気になってたのは、Cellを使って東芝がなんかやってるという話だったので、
いったいどんなようなことをしようとしてるのか。

顔認識を適用して編集や操作を改善するとか、動画や画像のアップコンバーターは当然としても、
演算処理能力でイケそうなネタの最右翼だと思ってたリアルタイム認識&操作で、「ジェスチャ・リモコン」
(リンク先はCNETの記事)が最高だった。
リンク先はテレビ・ブースでのおねいさんつきの方のデモだが、おすすめは東芝セミコンダクターのほうのブース。実際の開発に近いと思われる人たちらしき人がいるので色々質問も出来る。
テレビに向かって手のひらをかざすと、テレビは魔法がかかったように止まる。
一時停止/再生を開いた手の形状を認識することで操作しているわけだけど、やってみたら感動する。
拳をテレビに向かって突き出すと、テレビ画面上に操作パネルがあらわれる。
そして丸い点滅するマークが拳の動きに連動している事に気付くだろう。
拳を動かして操作パネルのボタンの上の操作したい対象(早送りとか、音量の大小とか)にマークが合っている状態でおもむろに親指を立てると、ボタンが押されて実際に操作出来る。
これからは、リモコンを持つ必要はない、というわけだ。
しかし、本当の感動は違うところにあった。
実際に見る、触る事の大事さをあらためて噛み締めた日でもあった。
いまさらレジデントアプリなんてありえないという主張でsatoshiさんが講演するという話だ。
すでにUIEジャパンの告知には載っていたのと、組込関係者にはmailでお知らせが飛んでいたもよう。
友人の何名かからは「なにやるの?」とか聞かれたりとか。
naotake自身はお手伝いには行くけどきっと何もしないかも。
ローエンドデバイスにスパイスを効かせるのがネットワークってモノだとしたらこれしかない!
と思ってUIEに参加したわけだけれど、未だに理解していない人が多い原因としても同じことが横たわっている気がする。
ネットに繋がっていないMP3プレーヤーならいざしらず、常時接続が前提のIPTVセット・トップボックスで「レジデントアプリ」というのは今の時代には絶対にありえない。
オフラインでは使い物にならないIPTVで、レジデントアプリを欲しがるなんて、実際にはコンセントからの給電でしか動かないのに一生懸命バッテリーの研鑽してるようなもんだと思う。
うん。無駄。
でも一面の理があることもわからなくはない。
少しでも無駄なデータ転送を減らしたい…とか思ってるんだとも理解出来る。
peerで必要なデータなんではなく、皆が必ずアクセスするリソースをネットで流すのが無駄だっていうなら、電波で放送でもして蓄積しておけばいいだけなんじゃないかと思ってる。
効率化に真剣なのであれば小手先の回避策よりも根本的な解決を摸索…しないのも伝統なのかも知れないと思ったり。
Human Rights Action Center
US CAMPAIGN FOR BURMA
それぞれ彼女の解放を訴えてます。
その中でも、ジム・キャリーのこの訴えはなかなかグッと来たので改めてポスト。
ミャンマー人の友達と、改めてこの件を話そうかと思ってます。
なかなか突っ込んだ話を聞かないで来たけど、何か今大切なことがわかりそうな気がするので。
こういうのどうかな?

元ネタはこちら。
これでシャイなあなたもあの子と近づけるチャンスかも。
しばらく使ってなかったbasecamp
が久しぶりに触ってみるととってもパワーアップしていた。
37signalsのことだから、やっぱり本当に必要な機能だけが追加されたのだと信じたいところだが、chatが統合されてるところがかなりひっかかってマス
使ってみないでコメントするのもアレなんだけど、basecamp内で使うchatのために新たにIDを登録しないとダメっぽいところがらしくない。
使ってみてまたレポートします。
知らない、ということほど不幸なことはない。
The first mobile phone with iTunes
今大枚はたいてiPhoneを買ったみなさんにお知らせしたいのですが。iPodケータイのさきがけとしてすでに2年前に発売されていたデバイスがあるですよ。
Motorola ROKRというこのデバイスは、モトローラ携帯の中でも黒歴史とされているわけですが、その失敗についてはコチラに簡単にまとまっています。
Appleブランドでなく、Appleと組んだ商品を出したところが辿る運命はいつも似ていて、駒形にあるオモチャメーカーから発売されていたマシンが脳内をよぎります。
さてこのROKR、(ロッカーと発音するらしいです…orz)
こんなカンジの商品だったようです。画像の確認
ROKR登場の時点で設置されたこのリンクが未だに有効なのが悲しいですね。
すでに定説と化している「100曲しか保存出来ないから」という理由だけが、果たして本当にこのデバイスを失敗させた理由なんでしょうか。
自分で納得のいかない決断にはハッキリと納得のいかない事を主張する。
リサーチは労を惜しまず自ら「経験する」。
コントロール出来ない状態の物事を恐れない。
自分にとって本当の生き方、本当の仕事は何なのか考えよう。
自分なんかに出来る事を真剣に見つめよう。
そして、それがみんなにとってどんなしあわせな未来を作るのかを信じよう。
少なくとも、私の信頼するあなたは、自分自身をキチンと信じていいと思うよ。
頑張ってるワリに自惚れが足りない奴が多くてヤキモキする今日この頃。
口に出して言わなくたって構わないから、「俺はカッコいい」「私はカッコいい」って、
しっかり思ってて欲しいな。
コピペだけど、ステキだったので
スターウォーズってでも小説とか読むとよくわかるんだがど田舎の砂漠の惑星から「フォースの調和をもたらす」と称して奴隷の子供をギャンブルで
勝ち取って来て愛も与えず育てながら母親が死にそうなのも嫁さん(そもそも結婚は
ダメなんだが)が死にそうなのもすべてフォースに逆らうなというわけのわからん助言しか
与えずすぐ近くにいるシスに気がつかなかったくせにそのシスに自暴自棄になった
若者ジェダイを近付けてしまってジェダイだシスだという勝手な派閥争いで議会で決めた
法律やら制度を無視して議長を殺そうとして勝手にシスに寝返ったなって因縁つけて
師匠が弟子を両足切断後溶岩に燃やされている状態で放置し、その弟子の子供に敵が
自分の父親だってことも教えずロクに訓練も受けさせないままに戦わせ負けそうになると
まだ妹がいるさという暴言を吐くそんな素敵で壮大な物語なんだよ
元スレが発見出来なかったけど、なかなかナイス。
そもそも、そんな中途半端な業務用システムを公開したからって、何になるんだ?mixiが出発した時におじさんたちの口から良く聞いた話だ。
ユーザのコンテンツを勝手にアップロードさせて課金もせずに、どんなメリットがあるっていうんだ?
今これを読んでいるお前の考えている事そのものが、なんでそんなもんが必要なのか、
人に疑われるようなアイデアであってくれる事を祈りたい。
でも、それってお前にとって必要なものなんでしょ?
だったらそれで十分。
誰のために生きているのか、誰のためにコードを書いているのか、誰のためにプレゼンしてるのか、誰のために数字を睨んでるのか。
人のため、なんて理由は後付けで全然構わないと思う。
ただたまたま、自分にとって必要なものを描き出した時に、共感してくれる人がいて、
その共感が大きな輪になって力を生んだ時に、何かが変わるかもしれないだけだろう。
心を解き放て。
何が自分を捉えているのか、
自分がこだわっている事にどんな理由があるのかを見抜け。
今握っているモノを手放すことで何が変わるのかを恐れるな。
VirtueDesktopsを復活させようかと思ってる。
SmackBookとともに。
…と思ったら本家に採用されてるっぽいよ?今更?
薫のハムニダ日記:国民投票法案の問題点について韓国語で発信してみるを参考に見つつ。
何語で発信しようが、ふつうに論理の破綻した法案が通過する国ってだけでおなかいっぱい。
その議論に直接関与出来ない間接民主にカンパイって事ですかね。
fladdictさんの携帯メディア雑感より。
最近のナウなヤングには、インターネッツよりも携帯電話の方がフィーバーらしい。
さっそく試してみるか、と思って色々試したけど
誰か何が起きてるのか状況を教えてください。
いや、全くおんなじよな気持ちになったわけでさ。
ケイタイ必死でいじってる連中に話聞いてみないといけないかもしれない。
「日常のサービス」はやはり日常の中で見極めてこそ初めて本当に何が便利で、
何が不愉快なのかを理解出来る物なのかも知れない。
実際に使って、直感で理解出来る事だけが正解なのか。
そして、その「直感」は、果たして本物の直感なのだろうか?
携帯+GPSとかなんとか。
no3215(「のみにいこう」と読むらしい)とか、
近しいサービスもありはするみたいだけど。
渋谷という街に行く、ということに沢山のコンテクストがあって、
それらの複合的な結果が、また街そのものを形成していたりもする。
環境に溶け込むシステムとかサービスとかのデザインの一環として、
せめて渋谷だけでも便利にならないかな?
というネタをだいぶ前に考えてから放置して久しい。