おせんと吉兆
>おせん、というテレビドラマを最近やってるのをご存知でしょうか。
日本テレビで毎週火曜日の22時から放映しているこの番組、原作は漫画だったりする。
漫画連載の時からすごく好きだっただけに、どういう形で実写化されるのかとても興味をもって見守っていたんだけど、想像以上にイイ出来だった。
大森仔佑子さんがスタイリングしていて、蒼井優の着物姿が息をのむほど美しい。
蒼井優じたいはこれまであまり好きな女優とは言い難かった。
彼女の演技力と表現力が、あまりにも直截的すぎて直視出来ないカンジ、なんというか、好きな子ほど目をそらしたくなるような気持ちだったのかもしれないと今になれば思うくらい、今こんなに魅力的で旬な女優もいないのではないだろうかと思った。
復帰した内博貴(復帰、について知りたい人はこちらをどうぞ)の演技もとても爽やかで素晴らしい。
原作では「グリコ」という役名だったわけだがスポンサー事情もあり、「よっちゃん」という事になっている。
バカそうに見えて、男の優しさをもった青年役を好演してるわけだ。
実際に彼はそういった種類の優しさを秘めてるんじゃないかな…とか思ってたりする。
もちろん想像だけど。
他にも、杉本哲太が板長だったり、二番板が向井理だったり、見習いに奥村知史がいたりする。
中居さん三人衆は、工藤里紗に鈴木蘭々、森田彩華。
仲居頭に余貴美子、近所の事情通?の古美術商に渡辺いっけいという配役。
毎回魅力的なゲスト俳優が登場する構成。
原作のテーマは、伝統的な日本文化とおもてなしの精神。
老舗料亭の「一升庵」を舞台に、時代設定は現代ながら、下町の風情、いなせな職人気質の大工、極道の親分など人間味あふれるキャラクターが多く登場する。(たいていこの部分が客演)
美食だけでなく、家庭で楽しめそうなグルメネタ、失われていく日本文化の持つ本物の価値を見つけられるようなストーリーとなっている。
金継ぎのような工芸ネタ、親子間の問題にお節介するための店を挙げての大作戦など、本当のおもてなし、サービスとは何なのかと考えさせられる事の多い作品でもある。
奇しくも、というか狙いにしては素早すぎるのだが、吉兆問題と奇妙に符号するなぁと感心することしきりで見ている。
「もったいない」の精神で素材をあますところなく使う努力を惜しまない姿勢を、一升庵のスタッフはみな等しく共通の価値観として持っている。
これは、船場吉兆がやっていた使い回しとはまったく異なる観点からの努力だろう。
確かに廃棄するには余りに早い、「まだ食べられる」多くの物を私たちは廃棄している。
そしてそれらの総量は、世界の飢えたひとたちを救っても余りあるのではないかと思えるほどだ。
ごはんを食べよう国民運動によれば、
日本で残飯などとして捨てられる食べ物は年間2000万トン、食料供給量の約1/4にもなります。金額では、11兆円に上るともいわれており、その量は年々増えています。
とのこと。
WFP国連世界食糧計画の「世界の飢餓状況」によれば、
開発途上国の飢餓人口は減るどころか、1年に400万人のペースで増えています。一方、世界の援助食糧は全体で、1999年の1,500万トンから2007年には400万トンに減りました。飢餓救済に向けた国際社会の対応が急務となっています。
ということらしい。
吉兆の不祥事は(敢えて船場吉兆とは言わず吉兆全体の問題だと思えるので吉兆と表記)、
サービス業全体への不信感を強める結果になったと思う。
そして、従業員の今後の再就職先について憂慮するコメントみたいなこともテレビでは目にしたけど、チームスポーツと同じで、やはり「手つかず」の料理だからと言って「使い回し」をしていたのは従業員自身も同じなのだと私は思う。
見て見ぬ振りをする人は同じ罪を犯しているのだ。
それにどんな事情があったとしても。
これを忘れてはいけないんだと思う。
捨てられる食料をサルベージして、飢えた人の空腹を満たし、それが経済的な合理性を持つような事業が出来ないものだろうか?
メディアというミームの強さ、商業的な強さを載せて、結実することが出来ないだろうか?
何かアイデアを持っている人がいたら知らせて下さい。
日本文化の作り上げた価値を見直して守り伝える事と、食料とかの再分配を、へんなイデオロギーとかスローガンとかでなく誰もが儲かり、良い事だから流行ってひろがる、みたいにしないと、きっと俺らはどこにもいけないんじゃないかなーとか最近は思ってるわけです。