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"Appleスタイル"という幻想

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AppleはWidgetをMacOSにとても上手く取り込んだと思う。
Vistaのソレも「パクリ」と言われるありさま。

後年WindowsがMacに似すぎていると文句を言った
スティーブ・ジョブズ(以後S.ジョブズ)に対し、
Microsoft社のビル・ゲイツが
ゼロックスの家に押し入ってテレビを盗んだのが僕より先だったからといって、
それで僕らが後から行ってステレオを盗んだらいけないってことにはならないだろう

と言い放ったという話がある。
出典

なんだか聞いた事のある話だな。
心の中で小さな違和感が声を上げたのでエントリ。

Konfabulator!
Uploaded with plasq's Skitch!

このキャプチャはkonfabulator(コンファビュレータ)という
とてもカッコイイwidgetを提供していたオリジナルの人たち。

OS Xを利用する喜び、格好良さをひきたてる最高のサービスを提供していた。
そのスタイルはすごくwebな人たちにインパクトを与えたし、
Appleが彼らを買収するんじゃないか?みたいな噂も流れていたように思う。

しかし、大方の予想を裏切って、いや、
良くも悪くもAppleを昔から知っている大方の予想通り、
あたかも自分が発明したかのような体でAppleは「Dashboard」を発表した。

ブチ切れた中の人たちはこのキャプチャのように、
さあパクれよ?クパチーノ!(Appleの所在地)」
とからかって見せたわけだ。
皮肉にもこの文句はAppleが彼らのイベントでOS Xの先進性を
さあパクれよ?レドモンド!(Microsoftの所在地)」
とからかった事じたいのパクリだ。

今でも歴史の証人として、webarchiveで当時の様子が見れる。

結局彼らはyahoo!が手に入れ、
往時のURLにアクセスするとyahoo!の該当ページにリダイレクトされる。
(当然のようでいて、とても幸せを感じるのはこういう瞬間。)

しかし、ここでもう一度考えてみると、結局はそういういきさつも含め、
何も知らないユーザーが意識せず使えるように、
周到に準備してあげることが、利用者にとって一番幸せなのだということに気付く。

ポータブルmp3がゴロゴロしてた時代、
シリコンプレーヤも当然ありふれてた頃にiPodっていうわかりやすさを提供したこと。
何年も前からiTunesをFreeで配って、
熱心に音楽プレーヤーとして普及させてた事も忘れちゃいけない。
デザインや編集や音楽に疲れた時、
CDをゴソゴソ探さなくても音楽が聞けるプレーヤーは魅力的だった。
ビジュアルエフェクトをフルスクリーン表示させて、
静かにアンビエントをかけておくと
「Macで良かったなぁ」と心の奥からしあわせに思えた。

Parallelsが買収されるという噂が出た時、「それはないな」と思ってたことの答えは
MacBook Airに触れた時に確信になった。
あまたの「好評、不評」の軸とは全然違う、「体験」だった。

スピンドルのうなりを聞く事のない静けさの中で、
本当に必要なソフトウェア以外は一切入れないで使う。
本当に必要な行為だけをするために使う。

MacBook Airのために、Parallelsとも、もちろんWindowsともさよならした友人は、
当然のようにスピンドルレスを選んでいた。

こういう文化を共有する人たちのためにAppleスタイルはあるのだろう。
Appleスタイルを作っているのは、
こうしたユーザーそのものであって、Appleだけでは成立しない。
屋台骨を創ったApple IIの時代から普遍なのだろう。

ちょっと良いな、をスノッブにしないでキチンと格好良く、幸せに、誰にでもわかるように。

一言で言えるからと言って簡単に実行出来るものではないですなぁ。

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