Life is beautiful:「企業理念」の大切さ
Satoshiさんの触れたその理念に関して、クロスオーバーしている部分とそうでない部分に関して。
結論から先に。
「なぜ?」を「いかに」解決するかに躊躇しない
ことを考えていくことが理念だと思う。
この文脈をベースに、Satoshiさんの意見を分析してみる。
「お父・母さんの時代にはこれがなくて一体どうやって生活していたの」と次の世代に言わせるぐらいに人々のライフスタイルにインパクトを与える「もの・サービス」を作る。
ここでは「もの」なのか「サービス」なのかが明確になっていない。
naotake個人として、今の世界に決定的に足りないものは何かを考えた時に浮かぶのは、
人間が行う活動そのものをより良くする何かが決定的に不足している、という事だ。
単純に生命維持活動の範疇に属する命題において、必要不可欠な事柄の大半は20世紀の中ごろまでには解決していたのではないか?と歴史から学んだけれど、今現在自分の生きている地平において決定的に人間はしあわせになったのかと考えると、そうとも思えないことだらけだ。
何かの利便性というのは、たいていトレードオフの上になりたっていて、そのトレードオフに慣らされてしまう事によって、本来はもっと合理的に解決できた筈の問題が形を変えただけにすぎないのに、時として人はその問題そのものが解決してしまったのだと誤解をしがちなのではないかと思う。
あえて抽象的にしか記述はしないが、自分の日々行っている行為そのものが、無意味でも楽しい事だったり、有意義なはずなのに苦痛にしかなり得なかったりするのは、なぜなのだろうか。マクロでも、ミクロでもない視点で、直情的に、軽薄に、躊躇なく立ち向かえる組織であれば、自ずから決定的な何かを創造できると感じる。
それは、サービスだったり、ソフトウェアだったり、ハードウェアだったりするのだろうし、音楽だったり、映画だったり、くだらない流行語だったりするのかも知れない。
根本的に人の行いを支援すること。
その何かに対して明確な道筋が描けるのであれば方法論は手段にすぎない。
この原則さえ理解しておけば、「もの」なのか「サービス」なのかは俎上にのせる必要もない事柄だと考える。
そういう意味では文中に含めない方が適切だと思う。
テクノロジーのためのテクノロジー作りに陥らず、ネット・デバイス・ソフトなどのさまざまなテクノロジーの恩恵を万人が受けられるようにする。普通の人が使いこなせないテクノロジーは、存在しないに等しい。
前段から考えても完全に同意である。
しかし、リテラシーの程度によらず、多くの人々の欲求というものが世界の真実である事を真摯に受け止める覚悟が必要だ。技術的に困難な課題であろうがなかろうが、人は欲しいものしか欲しない。
人は「こんなものを作りたい」「こんな世界を実現したい」と心の底から感じた時に一番力が出せる。「トップクラスの人たちが、持てる力を最大限発揮できる」「楽しくて24時間仕事のことが頭から離れない」、そんな仕事場を提供する。
ここで前段と矛盾する。そしてこの矛盾こそがもっとも大きな価値を生む。
本当に人にとって必要なものを「トップクラスの人」が作りたいと思う事は稀である。
しかし、ここで言及されている「トップクラスの人」というものは、通例的な意味合いで書かれたものではなく、真にみんなが欲しいもの、みんなが解決したがっている問題に対して挑戦し、革命を続ける人間を意味しているのだと考える。
仕事そのものが人生そのものと美しく融合出来る環境がそもそも何なのかは、その本人たちにしかわからない事でもある。
逆説的に考えれば、その環境を提供する覚悟がSatoshiさんにはある、という事だとすれば
これ以上信用できる話もなかなかない。
普通の考え方では新しいものは作れない。人と違うユニークな視点・とがった考え方・とことんまでのこだわりを持ち、失敗を恐れずに少人数でイノベーションを起こす。
真剣に普通の事を考えれば、それは普通の考えではなくなる。
突飛な事を言うだけがユニークさでもないし、他人の意見を否定する以上のものが提供出来ないのであれば、創造を生業にすべきではない。
そして失敗を恐れる意識があるのならば、創造そのものを行うべきではない。
創造は失敗を前提として、自らを前に進ませる行為そのものだ。
OTOH、失敗することが糧になるスタイルを作り出す覚悟もここには必要という事を意味していると考える。
たとえそれが期間限定であってもチャレンジ出来る環境があればチャレンジする事に躊躇がないのが創造する人間だとnaotakeは考える。
目立った失敗がないのは挑戦していない証拠か、たまたまいままで運が良かっただけなのかもしれないし、失敗から学ぶ事の方が多い事から考えればいままで失敗していないのは不運なのかも。
机上の空論に時間をかけず、とにかく手を動かして目に見える形・体験できる形を一日でも早く作る。実際のユーザーにものを提供して、そこから学ぶ。人を観察する力が、もの作りの原点だ。作る前から何を作ったら良いか・どう作ったら良いかが分かるはずがない
この項には概ね賛成。
実際には他人に耳を貸さないで突き進む場面と、話合う場面のいずれもが必要だと思う。
人を観察するべき箇所がどこなのかを見抜く、そしてその上で判断をするプロセスを体系化して自分たちのスタイルに出来る集団ならば、言うまでもない事になるのだろう。
最初から世界市場を相手にしたもの作りをする。やたら少人数なのに、ものすごい大きなビジネスをしている、そんな企業を作る。成功指標は、従業員一人あたりの売り上げ・利益。それで世界一を取る。
創造性をスケールさせる事は出来ない。生産性はスケールする。
そういう意味ではこの項には100%賛成。
しかし、成功指標は金額の多寡ではない。
その行為によって、世界は存在しなかった経験を味わう。
その行為を創造することによって、自らの人生で味わいうる最高の経験をも作り出す。
そのツールとして必要な額の金銭を利用出来ればいいだけなのだと思う。
本当にSatoshiさんの考えている環境が成立し、そこに必要なスタッフが(とても少ない人数なのかも知れないが)そろい、躊躇なく行動できるのであれば、
掲げている成功指標は実現していても不思議ではない。
とりとめもなく、Satoshiさんの「企業理念」にコメントしてみたが、
こうして考えてみると、より自分自身のビジョンも明確になってくる。
現実逃避のツールに使うのではなく、現状と自分の理想との間に何が横たわっていて、
それが何なのかを見極めるいい契機になった。