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2007年05月30日

金魚すくい

しばらく不調だったので一切blog見てなかっけど、satoshiさんのこれみて元気でました。

このBlogはどこかの会社の所有物にpostしてるわけじゃないのですが、友達の管理してる鯖にあります。俺も違法?
私は今日もスラド本家でも恥をさらす恥ずかしい司法の国に居ます。

2007年05月25日

TGIF

神様ありがとう!金曜日だzeeeeeeee

という事でTGIFな今日は恒例のミーティングです。
今週の成果や来週の展望なんかについて、飲み食いしながらリラックスして話します。
若干ブレイン・ストーミング的な展開になることもありますが明確なルールはありません。

明確なルールを持たない事が強みになる領域と、明確な線引きを行わなければいけない領域があて、そのバランスが難しいところだったり。

他の会社の事はあまり良く知らないけど、今まで働いていた環境だと、なんとなーくみんないなくなる的な週末だった気がします。
仕事が詰まってるとそのまま気付くと誰もいない&土曜日の午前中いっぱいまで残務処理…とかだった記憶があります。
いわゆる普通の会社づとめをしていなかった時期には「休日」という概念もなかったわけですが。

お互いに顔を突き合わせてFtoF状態で話し合うことでしかわかりあえない事が沢山あり、それ以上にお酒をのみながら…とかのリラックス状態でしか話し合えない内容も沢山ありますが、今週はお酒飲みすぎかも知れません。

そのおかげで色々と構想が膨らみもしたわけなのですが…
これから面白くなればいいな!

2007年05月24日

おねがい放課後

以前紹介した「おねがい放課後」今日からです。
チケット売り切れ近いので予約して是非。

onegai-LL.jpg

2007年05月22日

切替の出来る男を目指そうかと

VirtueDesktopsを復活させようかと思ってる。
SmackBookとともに。

…と思ったら本家に採用されてるっぽいよ?今更?

TMTOWTDI

いろいろと考えて、考えて、考えて、
大事なこの言葉を忘れていた事に気付いた。

そう。決してやり方はひとつじゃない。

なんで凝り固まっていたのか、スッキリした。

みんなありがとうです。

参考:TMTOWTDIの謎を探る

2007年05月14日

この国は制御不能になりましたね。

薫のハムニダ日記:国民投票法案の問題点について韓国語で発信してみるを参考に見つつ。

何語で発信しようが、ふつうに論理の破綻した法案が通過する国ってだけでおなかいっぱい。

その議論に直接関与出来ない間接民主にカンパイって事ですかね。

ケイタイ?

fladdictさんの携帯メディア雑感より。

最近のナウなヤングには、インターネッツよりも携帯電話の方がフィーバーらしい。

さっそく試してみるか、と思って色々試したけど


誰か何が起きてるのか状況を教えてください。

いや、全くおんなじよな気持ちになったわけでさ。

ケイタイ必死でいじってる連中に話聞いてみないといけないかもしれない。

2007年05月09日

お願い放課後

ともだちのやってる芝居がはじまります。
お願い放課後

オリジナルのサイトはフレーム構成であれなので芝居自体のリンクはコチラ。

紹介文引用しますと、


1年に4歳、年をとってしまう奇病に悩む、見た目おっさんの大学生、

志賀君。

と、それを取り囲む家族や同級生達の絶妙な気の遣いようと、
大学での志賀君の活躍が、新しい顧問の先生のせいで
台無しになる様子を、自意識がバツグンに冴え渡る二十歳くらいの精神状態を下地に
その自意識をさらに助長させる恋愛、友情、苛立ちとナルシズムと性欲で味付け、
皆がドロドロと放課後におねがいしたものについて書き連ねます。

こまばアゴラ劇場で 2007年5月 24日(木)〜6月3日(日)やってます。

一度是非足を運んでみて下さい。

芝居とかに詳しいわけじゃないですが、彼の芝居は面白いので。

2007年05月07日

タイミング

タイミングを得ない意見はノイズにしかならなかったり。

相手の心の中に入ってから話しないと、結局相手の耳には届いてないって事多いよね。

逆に考えてみたら、自分にとって興味のない話でも、
相手にとっては届けたい話なんだから、聞いてあげる心ってのを持ってないと、
どこかにフラストレーションをためちゃうのかもね。相手も。

なんというか、もっと優しくなりたいです。

2007年05月01日

サービスは日常と非日常のいずれにも存在するが

「日常のサービス」はやはり日常の中で見極めてこそ初めて本当に何が便利で、
何が不愉快なのかを理解出来る物なのかも知れない。

実際に使って、直感で理解出来る事だけが正解なのか。

そして、その「直感」は、果たして本物の直感なのだろうか?

とあるサービスをかつて作っていた。

作っていたときには言わなかった、本当に大事にしていたコンセプトは、
私が「作る側」をやめてしまってからしばらくして、
そのサービスを使わなくなった自分の息子の言葉で、
改めて正しかったのだという事がわかった。

誰が何を言おうと、目の前で実証された真実からは目を背けられない。
たとえ過半数の人間が十分だと納得出来る物であっても、
少数の救われない人間を生み出してしまう事を大前提とした物を作り出しては行けない。

仕事だから、自分自身が世の中に送り出す物ではないからと言って、
魂のない仕事をして、果たして自分が死ぬ瞬間に、それを受け入れられるだろうか。

その瞬間に出した答えがたとえ間違いであったとしても、
間違いである事をわかっていながら出した答えと、
正解を求めていく過程の中での失敗では全く重みが違う。

本当に喜ばせるべき人は誰?

その答えを真剣に探していないような物が世の中に溢れないように。

スポンサーやクライアントや上司を喜ばせるために、
会社の上層部を納得させるためだけに、仕事をしてませんか?

本当に大切な笑顔、本当に大切な価値を生み出せる、
天与の才を持ったみなさんにこそ、本当の仕事をして欲しいと願っています。

最高の笑顔をゲットしましょう!